50代から「海外二重生活」に挑戦する日記

日本を出て、もっとゆっくり、幸せに暮らしたい。私たち夫婦は海外と二重生活ができるように、場所を選ばない仕事「コーチ」「不動産」をしながら、日本と海外の二重生活を目指します。

「センター」に立つのは、センターに立ちたい人?の巻。

AKBでもそう、リーダーでもそう、
真ん中に立つ人は、どんな人なんだろう。
「絶対真ん中に立ってやる!」と思う人なんだろうか。

中国の盲人の舞踊団のドキュメンタリーで、
ムムっとうなった。

千手観音の舞踊をするグループ。
「センター」の子が一番前で踊る。

次のセンターは誰か、を決める時期になった。
中でも、めちゃアグレッシブで、積極的な
女子が「私は絶対にセンターになってみせるわ」と
インタビューに答え、監督にアピールしたり、
メンバーに「私センターになりたい」と言っていた。

この子がなるんだろうか。
結果は、静かに練習をしているBさんになった。
「私が、私が」と前に出るタイプではなかった。

でも、彼女はいつもメンバー、グループ全体のことを
考えていた。

結局、監督はBさんを選ぶ。
アグレッシブな女子は、悔し涙を流し
「私のほうがふさわしい」
「こんなに練習したのに」 とコメント。

でも。
ゲストの「美輪明宏」さんのコメントで、納得した。
「こういう子が、リーダーになるのよ。
 全体を考えてるでしょう」

自分の「エゴ」でセンターに立ちたいのか、
全体を考えている人が周りから後押しされるのか。

違いはここ、だと思う。

社内報の川柳に、パンチの効いた作品は来るはずがないのでは、の巻。

今日、グループ内の社内報の川柳コーナーを見た。
5、7、5。川柳になっている。

しかし、なんだろうか、全く私の心に訴えてこない
作品ばかりだ。
「冷えていないビール」 もっと、喉越しが欲しい。
野球でいえば、
「バットには当っているが、ゴロ」 

のような作品ばかりだ。

ホームランを狙って欲しいものだ。

社内報の川柳コーナーに、
サラリーマン川柳】のようなパンチの利いた、
サラリーマンの悲哀が現れた作品が
選ばれるわけがないではないか。

ふう。社内報をパタリと閉じた。

「山椒」のようにピリリと辛い、
担当者がイスから滑り落ちてしまうような作品を
投稿したいものだ。

私が好きなOL川柳(大賞受賞作品)は、

「さからわず ただうなずいて したがわず」

である。
この短い言葉に、このOLの達観、
長い会社員生活で得た悟りとふてぶてしさを感じる
秀作だ。

私が川柳を作って、社内報に投稿しようか。
ネタはいっぱいあるが、
絶対に採用されないだろう(笑)

やっぱり社外の第一生命の川柳公募に出そう。

男子よ、君たちも大変だったのだね、 停戦調停に入りたくなった、の巻。

男子は放っておけばよい。

これが、私の半生の実感だった。

ところが、ある時、男子に手を差し伸べようと思い始めた。

どうしたのだろう。

私は頭でも打ったのだろうか。新しい感情だ。

 

思い返せば、それは中学校の時から、だ。

「もう、男子、掃除サボらないで」

「もう、男子、ホウキでエアギターしないで」

 

もう、男子は放っておこう、と思った。

(注:友達、家族は除く)

違う生物で、違うプログラムで動いているようだ。

理解できない。(当時は理解しようともしなかった)

野郎どもは放っておこう。

 

それが顕著になったのは、就職活動だ。

共学の大学で、男女とも平等だったのに、

世間は男社会で、就職の差別もあった。

 

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夢を売る、点ではジャニーズと同じ、の巻。

18歳の子を前にに、自分の仕事の話をする。
何を話したらいいだろうか。
仕事の厳しさを強調したら、今の子は仕事を恐れて
しまうのでは、と危惧している。

最近、「お座敷(講師)」の仕事に呼ばれることが
増えた。
大学、短大、高校など。
お座敷は断らないことにしている。

私の仕事は、一見派手に見えるようだが、とんでもない。
9割は、地味に書類と格闘している仕事。
泥臭い部分も多々ある。

それを全部伝えたほうがいいだろうか、と迷う。
同僚にも聞かれた。

同僚「あのさ、学校でこの仕事のこと全部話すの?
  仕事したい、って思う子いなくなんじゃないの(苦笑)」

か「・・・迷ってるの」
 「夢を売ったほうがいいんじゃないのかな。18歳の子には」

現実は、後でいくらでも直視するだろう。
でも、ちゃんと「仕事の楽しさ」を語る人が必要なんじゃないか。

大人って楽しいよ、を伝えたほうがいいんじゃないか。
それが私の結論で、これが求められている役目かな、と思う。

夢を売る点はジャニーズと同じ、と笑った。

上海の地下鉄駅で、おばさんは大きなジェスチャーで 私に指示をした、の巻。

中国で学んだことは、「合理的に」ということ。
上海出張初日、地下鉄の駅で、私はオロオロと立ち尽くしていた。
なぜみんな走っているのだろう。終電なのだろうか。

夜到着のANA便で上海に着いた。
空港で両替をしたはいいが、大きな100元札しか持って
いなかった。

地下鉄のチケットが買えない。
おそらく、この札は大きすぎるのだろう。
両替をしようにも、何と言えばいいかわからない。
ジェスチャーで、「100元札だから入らない」

というと、職員のおばさんは、チケットを渡してくれた。
お金はいいからもっていきなさい、というジェスチャー

やっぱりみんな走っている。
この汗は、上海の熱気だけではないだろう。
夜中に異国で、無事にホテルに着けるのだろうか。

そして、改札のところまで行き、ピっとチケットをかざし、
バーまで行くと、バーが下りない。
どうしたんだろう、壊れているんだろうか。
終電かもしれないんだよ。

手にも汗をかいてきた。
困った顔でおばさんを振り返る。

おばさんは、娘を叱るような顔で、ジェスチャーをした。
バーをくぐるのよ。
「何やってんの。モタモタしないで、くぐればいいでしょ」

そうだよね。
日本人の私は、終電よりも
「たった3元をキセルして、異国で捕まったら面倒くさい」
「ルールは従わなければならない」

をとっさに判断していた。

くぐればいんだよ。
何て合理的なんだ。
あったりまえでしょう。

そして、旅行者に、必死の(*'▽')でジェスチャーをした
おばさんに感謝。

働く大人女子の「更生施設」が必要ではないか、の巻。

遅ればせながら、ブルゾンちえみのyoutube
夫と私は全部見てしまった。
笑えるけど、ムムっと唸ることと言ってるじゃないか。

「効率的な仕事ぶり、充実した私生活」。。
効率と数字を追及し、中堅になった私は
ハタと気づいた。
何かを失っていないだろうか。
このまま、効率と数字だけを求めて、
この先に何があるんだろう。

もちろん、仕事はやる。
でも、動と静、陽と陰のように、自分のバランスを
保つものが必要だった。

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タケノコに熱すぎる男、の巻。

うちの夫、タケノコに熱すぎる。目がない。
昔夫と住んでいたマンションは、近くに竹林があった。
伊達政宗」公の霊廟近く。

ある日、タケノコがはえていることに気づき、
夫は朝方、タケノコを掘りに行ったが、
その恰好を見てギョットする私。

古い「出刃包丁」を持ち、作業着、長靴だった。

タケノコを盗むと、確か窃盗罪だ。
それよりも、
・「変質者」   か
・出刃包丁を持った「なまはげ」に間違われ、
自宅の近所で逮捕されないか。。

(しかも友人の警部に逮捕されたら、目も当てられない)

バス通りに面した斜面だったため、
乗客に見つかるのではないか、とドキドキする妻。

タケノコが大好きなのは分かるが、
家族の心労を増やすのはやめてほしい。

※注:竹林は夫の先輩の土地だったため、
一応大丈夫だったこと、後で分かった。

もう、人騒がせな。。